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朝日新聞全国版夕刊 2022年2月14日

★全国に広がる「抱っこ」の輪 たった一人で始めた亡き女性の思い(朝日新聞2022年2月12日)

 乳児院や児童養護施設を訪れ、そこで暮らす子どもを抱きしめるボランティア活動が、団体の設立から10年を迎えた。愛を求める小さな赤ちゃんたちを、今日も惜しみなく抱きしめましょうね――。そんな思いを込めて、全国に広がる活動を始めたのは、今は亡き1人の女性だった。(富岡万葉)

■子どもたちが本当に求めているのは……

 「だっこ、してー」。3歳の男の子が、マスクをつけたボランティアの男性(51)に抱きつくと、恥ずかしそうに胸元に顔をうずめた。ギュッと抱きしめ返されると、パッと顔を上げて笑う。並んで列車遊びやままごとをしていると、今度は小学生の女の子が男性の背中に飛び乗ってきた。

 一般社団法人ぐるーん(岡山市)に登録する男性は、児童養護施設「岡山市善隣館」に月4回ほど通い、5年になる。子どもたちとは打ち解けた仲だ。

 子どもの性格に合わせ、ほどよい距離を保った見守りを心がけているが、初対面でくっついてくる子が多いという。「甘えられる人を求めているのかな」

 「定期的に遊んでくださるので、子どもたちも毎回楽しみにしています」と善隣館の岩井竜一館長(54)は話す。職員は、洗濯や掃除といった施設の家事に加えて事務作業もあり、子どもたちと遊ぶ時間を十分とるのは難しいという。

 「ぐるーん」の「抱っこ活動」は、神奈川県に住んでいた有尾美香子さんが始めた。公式ホームページで公開している動画やブログで、有尾さんはきっかけや思いを語っている。

 シングルマザーとして2児を育てる中で「私が体を壊したら子どもたちはどうなるんだろう」と思ったこと、虐待を偶然見つけたこと、保護された子が集まる児童養護施設と接点を持ちたいと考えたこと。

 そして、物を贈るなどのボランティアを続けるうちに、子どもが本当に求めているのは抱っこだと気づいたこと――。

 「私と子どもたちは毎晩抱きしめ(合い)ながら眠るのに、この子たちはそれがかなわない。子どもに私がいるみたいに、同じような存在を求めている」

 「神奈川中の施設に電話して」受け入れ先を見つけ、1人で「抱っこ活動」を始めた。近所の人たちやその知り合いなど、共感した人たちが加わって輪が広がり、2011年には「ぐるーん」という組織になった。

 有尾さんは代表として各地の施設に足を運び、子どもたちと触れ合った。だが15年2月、数カ月の闘病の末にがんで亡くなる。43歳だった。2人の子は今、親族と暮らす。

 サポーターと呼ばれる「ぐるーん」の会員は40代の女性が多い。4年間で1千人に増えていた。

 

■「気にかけている」と示す 里親の普及にも力

 「生みの親はいなくなってしまったけれど、みんなで支えていけばいいんじゃないか。私たちなりの方法で」。インターネットで「ぐるーん」の活動を知り、12年に岡山で初めてのサポーターになった河本美津子さん(64)はこんな思いで代表を引き継いだ。

 全国のサポーターが、施設を定期的に訪問して「抱っこ活動」を続ける一方、里親制度の普及に向けた活動に本格的に乗り出した。関心がある人には、月に数日だけ子どもを預かる一時的な里親の登録から始めることを呼びかける。

 河本さん自身も15年から一時里親を経験し、受け入れた子が成人した今も付き合いが続く。今は、養育里親として別の子と一緒に暮らしている。「『親戚のおばちゃん』のような存在です。どの子にも、施設以外で遊びに行ける場所やかわいがってくれる大人が必要。気にかけていると示すことも、広い意味での抱っこだと考えています」

 行政との連携も進む。岡山市から委託を受けて年数回の公開学習会を開き、施設や里親子への理解を目指す。名古屋市では社会福祉協議会の助成で、サポーターの養成を進めている。

 原点の「抱っこ」を始めた有尾さんは、亡くなる前にメッセージを残した。

 「尊い二つの命をこの世に送り出せたこと。愛を求める小さな命を抱きしめてくださる方々が集う“ぐるーん”をうみだせたこと。この二つは私がこの世に生を受けた証しです。明日何があるかは誰にもわかりません。だから、あなたの大切な人を、そして愛を求める小さな赤ちゃんたちを、今日も惜しみなく抱きしめましょうね」

 サポーターはいま、全国47都道府県にいる。今日もどこかで、子どもたちを抱きしめる。

 活動の詳細はぐるーんのホームページ(https://www.gruun.org/ 別ウインドウで開きます)。

 

■関心を寄せること 保護者でなくてもできる

 親の病気や死亡、虐待などで親元を離れた子どもを育てる「社会的養護」には、家庭に近い環境が望ましいとされている。厚生労働省によると、対象児童は全国で約4万2千人。多くは乳児院や児童養護施設などに入所し、里親らの元で暮らすのは約2割だ。

 子どもの孤立を防ぐために、安心して頼れる大人の「市民性」を地域で育成する認定NPO法人「PIECES(ピーシーズ)」(東京都)の代表で、児童精神科医の小澤いぶきさんは、子どもの発達に必要な情緒的な結びつきは、保護者以外の特定の他者とも築けると言う。「子どもが不安な時に適切に気持ちを満たすことが大事で、そのためには複数の特定の人が定常的に関心を寄せることが重要だ。外部との連携が多忙な施設のより健やかな体制を促し、それが子どもの安全につながることが望ましい」と話す。

写真:サポーターの男性と男の子。走り回って遊んだ後は抱っこで外を眺めていた=2021年11月20日午前11時15分、岡山市、富岡万葉撮影

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